監督:内田吐夢
脚本:灘千造
音楽:芥川也寸志
(2012年4月21日、京都文化博物館フィルムシアター)
色川武大の『寄席放浪記』<河出文庫>に収められた、色川さんと鈴木桂介、淀橋太郎による鼎談「キラ星のごとく輝いていた浅草」は、浅草の今は亡き喜劇人たちを活写して余すところがないが、その中で、窮乏生活にあった有馬是馬が息子の茂を子役として使ってくれと内田吐夢に売り込みに行ったところ、内田監督から「子供はいいから、あんた出ろよ」と言われたというエピソードを鈴木桂介が語っている。
それを、「『たそがれ酒場』だ。酒場のマネージャー約で、あれはなかなかのものでしたよ」と、色川さんが受けているのだけれど、その『たそがれ酒場』、有馬是馬のマネージャーばかりでなく、全篇、なかなかのもの、どころかなかなか以上のものだった。
都会のある大衆酒場の開店間際から閉店直後に到る数時間を、いわゆるグランド・ホテル形式で描き出した群像劇だが、まずもって登場人物の出し入れ、エピソードの積み重ねがぴしっと決まっていて、まるで優れた舞台作品を観ているようだ。
そして、個々のエピソードから、敗戦から10年経っても未だ癒えぬ戦争の傷や、混沌とする社会状況、さらには老いていくこと、次代へと何かを繋げていくこと、といった内田吐夢自身の様々な想いがしっかりと浮かび上がって来て、強く心を動かされる。
また、『限りなき前進』など戦前の内田作品で知られた小杉勇が扇の要の役回りを演じて見事(『闘牛士の唄』での滑稽な動きや、ラストの真情あふれる言葉等、とても印象深い)なほか、先述した有馬是馬、高田稔や江川宇礼雄、津島恵子(美しい)、野添ひとみ(かわいい)、加東大介、東野英治郎、多々良純、丹波哲郎、宇津井健、天知茂(ワンシーンのみでわかりにくいか)といった新旧の顔触れが、自らの柄に合った演技を披歴しているし、丁寧に造り込まれた酒場の様子や老音楽家(小野比呂志)に寄り添うわんこも観ていて愉しい。
加えて、実際に声楽家である宮原卓也(美声。トラジまで歌っている)や野添ひとみらが歌うクラシックの歌曲、オペラのアリア、歌謡曲、民謡、さらにはレコードの軍歌、うたごえ喫茶の歌(『若者よ』)といった音楽が、この『たそがれ酒場』で大きな役割を果たしていることも忘れてはならないだろう。
しかも、一例を挙げれば冒頭で宮原卓也演じる青年の歌うシューベルトの『冬の旅』の「菩提樹」のように、単に音楽が風俗の表現だけではなく、全体の物語、作品の世界観と密接に結びついていることが嬉しい。
いずれにしても、一時間半という上映時間の中で、語るべきことがきっちりと語られた一本で、観に行って本当によかったと思う。
ああ、面白かった!