作・演出:高間響
演出補:由良真介、山下みさと
(2014年3月3日19時半開演の回/KAIKA)
東京、札幌を経て京都公演を迎えた第18次笑の内閣『ツレがウヨになりまして』は、一つの作品を繰り返して上演することの意味を改めて考えさせられる内容となっていた。
会社を辞めてニートとなった青年が、突然ネトウヨと化し、なんのこっちゃらスーパーマーケットへの抗議行動まで参加する始末。
そんな、ツレがウヨになってしまった状況で、果たして青年の彼女はいかなる決断を下すのか。
とまあ、物語の主筋をまとめるとそうした具合になるかな。
ところどころ、それはあんた無茶な! と突っ込みを入れたくなる部分もあるんだけれど、そこはもうお芝居。
喜劇の中に、それこそ韓流ドラマもかくやのメロドラマの要素を取り込みつつ、「愛国心とはなんじゃいね?」といった問いかけがしっかり行われていて、笑いながらもいろいろと考えさせられる作品となっている。
(何が良くって何が悪い、と問いの答えを押し付けていないところも、『ツレウヨ』、ばかりじゃない、高間君の作品のミソだろう)
京都大学吉田寮での2012年5月の初演時より、作品がアクチュアリティを増したことももちろんだが(なにせ、ソウリがウヨになりまして、だもんね)、作品全体の練れ具合、まとまり具合という意味でも、再演の成果がよく表われていたのではないか。
よい意味での邪劇臭は伴いながらも、高間響という劇の造り手の本来の志向嗜好を再確認することもできた。
(だからこそだが、オーケストラトレーナー的な存在、出演者以外の演出助手、演出補佐がここに加われば、作品の特性魅力がさらに発揮されるのではと思ったりもする。例えば、KAIKAの間尺、特質にあわせて、演者の声量の細かいコントロールを指示するような)
演者陣では、ヒロイン役の鈴木ちひろの成長がまずもって強く印象に残る。
この間の様々な経験が演技に反映されており、初演に比べてヒロイン像がより明確になったと思う。
(だいいち、歌がうまくなっていたのがいい)
一方、清水航平は、青年の鬱屈した感情、人間としての弱さにも力点を置いた演技で、物語に幅を持たせる努力をしていたように感じた。
高瀬川すてらは、初演時同様細やかな表現で存在感を示していたし、髭だるマンもうざさうっとうしさのエネルギーを増していた。
また、伊藤純也の安定感、手堅さの中のおかしみ、由良真介の抑制された感じ、山下みさとの役を自分自身に落とし込もうとする意志も忘れ難い。
各々の技術面での課題(台詞の癖であるとか、間のとり方とか)をクリアしていって、より密度の濃い見応えのある舞台を創り出していって欲しい。
なお、この回の劇中ゲストは、ファックジャパン。
渾身の至芸を披歴していた。
そして、アフタートークのゲストはあの井筒和幸監督。
硬軟交えた怒涛のトークで、圧巻だった。
ああ、面白かった!