☆夕暮れ社 弱男ユニット 演劇公演『突然ダークネス』
作・演出:村上慎太郎
(2013年12月22日19時開演の回/元・立誠小学校音楽室)
かつて手厳しい感想を書き散らかした『教育』(2010年3月26日/大阪市立芸術創造館、観劇)からはや4年近く。
あの松田裕一郎が、再び夕暮れ社 弱男ユニットの演劇公演『突然ダークネス』に客演するというので、迷わず足を運んだ。
一言で評するならば、ショウゲキ的な現代版「八幡の藪知らず」、とでもなるだろうか。
明日まで公演が残っているのでネタは割らないが、元・立誠小学校音楽室を漆黒に染めて(美術:小西由悟、美術補佐:宮田大雅)、サイコスリラー風ホラー風の物語が繰り広げられる。
はじめのうちは笑劇の骨法にのっとって、いささかだるいルーチンが繰り返されるものの(それでも、細かいくすぐりは要所要所に挟まれていく)、後半は怒涛の展開。
そして、衝撃の…。
もちろん、そこは夕暮れ社 弱男ユニットだ。
一見、「ああ、またやってるわ」ぐらいに思われるかもしれないが、その実、演者の身体に負荷をかけたどえらいことをやっている。
やらせもやらせたり村上慎太郎、やりもやったり稲森明日香や向井咲絵ら演者陣である。
しかも、それが単なる実験のための実験、意匠のための意匠に留まらず、物語の根幹、作品の肝と深く結び付いている点も忘れてはならないだろう。
『夕凪アナーキズム』(2013年1月26日/元・立誠小学校音楽室、観劇)の感想の繰り返しにもなるけれど、エンターテインメントの手法を取り込みながら、演劇的実験を変化進化させている彼彼女らに大きな拍手を贈りたい。
で、上述した現代版「八幡の藪知らず」の正体は、もしかしたら御厨亮演じるカギを落とした男の台詞に「思考のカギ」があったりして、なんて深読み込みは禁物かな。
ただ、ベテラン勢は置くとしても、今、これから演劇お芝居を真摯に続けていこうという若い演劇人にとって、一方で笑の内閣(高間響上皇ら)、他方で夕暮れ社 弱男ユニットの姿勢は、一つの指針となるように僕が感じていることだけは、やはり付け加えておきたい。
演者陣は、上述した三人のほか、いせむら(顔つきに役柄もあって、すぐにピーター・ローレを思い出す。M!)、藤居知佳子(彼女の特技がよく活かされていた)も好演。
松田さんも、ライヴ特有の傷はありつつも、独特な演技の質感とキャラクターをいかんなく発揮していた。
いずれにしても、夕暮れ社 弱男ユニットの次回の公演が本当に待ち遠しい。
ああ、面白かった!
そうそう、公演後に、なんと藤居さんのミニライヴが設けられていた。
お母様の伴奏で、トスティの『アンコーラ』とクリスマス・ソング・メドレーの2曲。
終わったあと、藤居さんと少し話をして、本格的に声楽を学び始めて彼女がまだ一年程度にしかならないということにはびっくりした。
まずもって声量がとても豊かだし、声質も澄んでいる。
もっと音が安定して、詞と感情がより緊密につくようになれば、いい歌い手になるのではないか。
メゾ・ソプラノなので、イタリアものが好きということだから、ドニゼッティやベッリーニらベルカント、ヴェルディ・プッチーニ、そしてヴェリズモということになるのだろうが、藤居さんの陽性な人柄からいえば、チェチーリア・バルトリのように、モーツァルトのダ・ポンテ三部作(『フィガロの結婚』の、ケルビーノではなくスザンナ、『ドン・ジョヴァンニ』のツェルリーナ、『コジ・ファン・トゥッテ』のデスピーナ)に挑戦して欲しい。
こちらの活躍も非常に愉しみだ。
*追記
うっかりしてた。
メゾでイタリアものっていえば、ロッシーニがあったじゃないか!
『ラ・チェネレントラ(シンデレラ)』とか、藤居さんにぴったりだと思う。
posted by figaro at 00:11|
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