☆レオポルド・ストコフスキー ザ・コロムビア・ステレオ・レコーディングス
<SONY/BMG>88691971152(10枚組BOXセット)
レオポルド・ストコフスキーという名前を耳にして、すぐに思い出すことといえば、いいったいなんだろう。
ディズニー映画『ファンタジア』との関係や『オーケストラの少女』への出演といった、メディアにおける派手な露出もあるだろうし、楽器配置をはじめとした20世紀のオーケストラ演奏に対する大きな影響もあるだろう。
それに、ヨハン・セバスティアン・バッハのオーケストレーションはまだしも、ある種ゲテ物的ですらある、編曲やカットを含むくせの強い演奏も忘れるわけにはいかないし(と、言うより、「とんでも指揮者」というイメージがストコフスキーにはどうしても付きまとっているのでは)、最晩年CBS(コロムビア)レーベルと結んだ100歳までの録音契約が端的に象徴するようなレコード・録音(テクノロジー)との深い関係もやっぱりそうだ。
そして、そうして思い浮かべたあれこれを総合していくと、ストコフスキーが20世紀を代表する指揮者であり音楽家であったことが、しっかりと見えてくる。
そんなストコフスキーが、CBS(コロムビア)[現SONY/BMG]レーベルに遺した全てのステレオ録音(先述した最晩年の録音も、当然の如く収められている)、CD10枚分をBOXセットにした、その名も「レオポルド・ストコフスキー ザ・コロムビア・ステレオ・レコーディングス」が先頃発売されたのだけれど、いやあ、これは想像していた以上に聴き応えがあったなあ。
で、本来ならば一枚ごとに詳しくレビューをアップするべきなのかもしれないが、BOXセットを通して聴くことの意味合いも考えて、あえてどどんとまとめて記しておくことにした。
1:ファリャ:バレエ音楽『恋は魔術師』&ワーグナー:楽劇『トリスタンとイゾルデ』の愛の音楽(ストコフスキー編曲)
管弦楽:フィラデルフィア管弦楽団
メゾ・ソプラノ独唱:シャーリー・ヴァ―レット(ファリャ)
(1960年2月録音)
かつてシェフを務めたフィラデルフィア管弦楽団を振って、ストコフスキーが久方ぶりに録音した一枚。
オーケストラの鳴り方に古めかしさを感じなくもないのだが、ツボをよく押さえた演奏と編曲(ワーグナー)で、実にわくわくする。
ヴァ―レットの地声を活かしたような歌唱も、なまなましくて悪くない。
デジタルリマスタリングの力もあってだろうが、音質のよさにも驚いた。
2:ヨハン・セバスティアン・バッハ:ブランデンブルク協奏曲第5番&コラール前奏曲(ストコフスキー編曲)
管弦楽:フィラデルフィア管弦楽団
ヴァイオリン独奏:アンシェル・ブルシロウ(協奏曲)
フルート独奏:ウィリアム・キンケイド(同)
チェンバロ独奏:フェルナンド・ヴァレンティ(同)
(1960年2月録音)
有名なブランデンブルク協奏曲第5番に、コラール前奏曲『イエスよ、私は主の名を呼ぶ』、『来れ異教徒の救い主よ』、『我ら唯一の神を信じる』の編曲物3曲を加えた録音で、ピリオド・スタイルとは真反対のオールド・スタイルな解釈。
ただし、音楽を慈しむかのような演奏には、好感を抱く。
一つには教会のオルガン奏者ということも大きいか、コラール前奏曲の編曲にも、ストコフスキーのバッハの音楽に対する真摯さを感じた。
3:ベートーヴェン:ピアノ協奏曲第5番「皇帝」
ピアノ独奏:グレン・グールド
管弦楽:アメリカ交響楽団
(1966年3月録音)
グレン・グールドはストコフスキーの熱烈なファンだったというが、そうしたグールドの想いにストコフスキーもよく応じているのではないか。
ストコフスキーが創設したアメリカ交響楽団の技術的な弱さは指摘せざるをえないものの、グールドに歩調を合わせて、作品の持つ多面的な性格を細かく再現すべく健闘していると思う。
4:アイヴズ:交響曲第4番&ロバート・ブラウニング序曲、合唱曲
管弦楽:アメリカ交響楽団
合唱:グレッグ・スミス・シンガーズ、イサカ大学合唱団
(交響曲=1965年4月、序曲=1966年12月、合唱曲=1967年10月録音)
ストコフスキーの現代音楽の紹介者としての側面を象徴した一枚。
ストコフスキー自身が初演した交響曲は、精度の高さでは、その後録音された小澤征爾&ボストン交響楽団、マイケル・ティルソン・トーマス&シカゴ交響楽団、クリストフ・フォン・ドホナーニ&クリ―ヴランド管弦楽団に軍配を挙げざるをえないが、コラージュをはじめとした作品の持つとっちらかった印象、雰囲気を再現するという意味では、まだまだこの録音も負けていない。
ボーナストラックとして収められた序曲、合唱曲『民衆』、『ゼイ・アー・ゼア!』、『選挙』、『リンカーン』、特にアイヴズの政治的な意識も垣間見える合唱曲のなんとも言えないグロテスクさも、聴きものだ。
5:ビゼー:『カルメン』&『アルルの女』組曲
管弦楽:ナショナル・フィル
(1976年8月録音)
ここからは腕っこきのプレーヤーを集めた録音専用のイギリスのオーケストラ、ナショナル・フィルを指揮した最晩年の録音が続く。
(惜しむらくは、4ステレオの録音のためちょっとばかりもわもわとした感じがして、ストコフスキーのシャープな解釈とすれが生じている)
メリハリのよく聴いたドラマティックな演奏で、全篇聴き飽きない。
中でも、『アルルの女』のファランドールといった激しい音楽でのクライマックスの築き方が巧い。
6:ストコフスキー 彼のオーケストラのための偉大な編曲集
管弦楽:ナショナル・フィル
(1976年7月録音)
ストコフスキーは大曲ばかりでなく、いわゆるアンコールピースの演奏編曲にも長けたが、これはそうしたストコフスキーの十八番と呼ぶべき小品を集めた録音だ。
もちろん大向こう受けを狙った部分もなくはないのだけれど、全曲聴き終えて、一篇のドラマに接したかのような余韻が残ったことが、僕には印象深い。
7:シベリウス:交響曲第1番&交響詩『トゥオネラの白鳥』
管弦楽:ナショナル・フィル
(1976年11月録音)
交響曲の第3楽章での荒ぶる表現に、トゥオネラの白鳥での静謐で神秘的な表現。
押すべきところはきっちりと押して、引くべきところはきっちりと引く。
緩急自在、強弱自在な演奏である。
それにしても、90歳を超えてのこの若々しい表現には驚くほかない。
8:チャイコフスキー:バレエ音楽『オーロラ姫の婚礼』
管弦楽:ナショナル・フィル
(1976年5月録音)
チャイコフスキーのバレエ音楽『眠りの森の美女』の第3幕、オーロラ姫の結婚式を中心にディアギレフが編曲した作品で、怒り憤りというとちょっと変かもしれないけれど、激しい感情の動きがぐいぐいと伝わってくる演奏になっている。
シャルル・デュトワ&モントリオール交響楽団の滑らかな演奏と対照的だ。
9:メンデルスゾーン:交響曲第4番「イタリア」&ビゼー:交響曲
管弦楽:ナショナル・フィル
(1977年6月録音)
ストコフスキーにとって最後の録音となった一枚。
けれど、これまたその若々しく瑞々しい表現、音楽の流れのよさに驚き、感嘆する。
なお、ビゼーの交響曲の終楽章はワンテイク(一発録り)だったとか。
10:ブラームス:交響曲第2番&悲劇的序曲
管弦楽:ナショナル・フィル
(1977年4月録音)
このBOXセットの中で、僕がもっとも気に入った一枚がこれだ。
もともと交響曲第2番が大好きだということも大きいのだが、ストコフスキーの自然で流れのよい解釈、表現は聴いていて全く無理を感じないのである。
加えて、真っ向勝負とでも言いたくなるような悲劇的序曲の精悍な演奏も見事の一語に尽きる。
と、これだけ盛りだくさんな内容で、HMVのネットショップなら2290円(別に手数料等が必要)というのだから、どうにも申し訳なくなってくる。
(アイヴズを除くとLP初出時のカップリングがとられているため、中には40分弱の収録時間のものもあるが、一枚一枚をじっくり愉しむという意味では、かえってそのくらいが聴きやすいようにも思う。それに、LPのオリジナル・デザインを利用した紙ジャケットという体裁が嬉しいし)
ストコフスキー のという音楽家、指揮者の果たした役割を改めて考える上で「マスト」な、ばかりではなく、一つ一つの作品を愉しむ上でも大いにお薦めしたいBOXセットだ。
クラシック音楽好きは、ぜひともご一聴いただければと思う。